2010年01月20日
能勢朝次「能楽源流考」
能楽研究のバイブルと称される「能楽源流考」を当ライブラリーに加えました。連歌調査の「ついで」に「たった」10年間あまりで収集されたとされる資料集ですが、史料の読み・洞察の深さでは今でも並ぶものがないといわれています。
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↑昭和十三年に岩波書店から刊行された。入手本は「昭和四十三年九月三十日第五版 定価四千円」、アマゾンのマケプで六三四〇円(送料込)で購入。
世阿弥(あるいは能)と八軒家には深い縁がありそうです。
八軒家かいわいは、室町時代には渡辺津と呼ばれ港として賑っておりました。世阿弥の作と伝えられる謡曲「芦刈」には
なお行く末は渡辺や。大江の岸も移りゆく。
と謡われていたり、これも世阿弥の作と伝わる「長柄」には
あの渡辺の楼の岸より。吹田川の西の詰めまで。三里に及びけるとかや。
とあるように、世阿弥はこのかいわいを幾度となく訪れ土地勘もあったようです。
渡辺は、もちろん現在の大川周辺の古地名であり、また、楼の岸については、一三八一年長慶天皇の作とされる「仙源抄」(『源氏物語』の注釈書)に
大江殿は渡辺橋の東の岸に昔駅楼ありけり 今も楼の岸という
とあることから、これも八軒家あたりにあった岸であろうと思われます。
というわけで、世阿弥(あるいは能)と八軒家の適切な関係について、いずれ八軒家かいわいマガジンで取り上げるつもりでおります。待てしばし。(津川)
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投稿者 tategaki : 15:09| コメント (0)| トラックバック (0)
